大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所大法廷 昭和26年(れ)1185号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人山下卯吉、同清原邦一の上告趣意第一点について。

原判決は被告人に対する判示第二、及び第八の犯罪事実を被告人の原審公判廷の供述(判示の各金員授受の点を認めその趣旨を否認)と、被告人に対する検事並びに副検事の判示各聴取書中の供述記載(判示の各金員授受及びその趣旨を自認)とを綜合して認定しているのである。しかし被告人の当該判決裁判所の公判廷における供述が憲法三八条三項にいわゆる本人の自白に含まれないこと、そうして本件の場合のように、被告人の公判廷外における自白と公判廷における供述と相俟って犯罪事実を認定することができることは何れも当裁判所の判例の示すところであるから、原判決は所論のように憲法三八条三項に違反するものではない。(昭和二三年(れ)一六八号同年七月二九日大法廷判決。昭和二三年(れ)一七四四号同二五年一〇月一一日大法廷判決参照)

同第二点は事実誤認の主張であって適法な上告理由とならない。

よって刑訴施行法三条の二刑訴四〇八条により主文のとおり判決する。

この判決は第一点に関する裁判官沢田竹治郎、同井上登、同栗山茂、同谷村唯一郎の少数意見並に第一点後段に関する裁判官島保の少数意見を除く外、裁判官一致の意見によるものである。裁判官沢田竹治郎、同井上登、同栗山茂の少数意見については昭和二三年(れ)一六八号同年七月二九日大法廷判決参照、最高裁判所判例集二巻九号一〇一二頁以下、裁判官島保の少数意見については前記昭和二三年(れ)一七四四号同二五年一〇月一一日大法廷判決参照、裁判官谷村唯一郎の少数意見は後記の通りである。

なお右の点に関する裁判官斎藤悠輔並びに同真野毅の補足意見はそれぞれ前掲昭和二三年七月二九日大法廷判決のとおりである。

裁判官谷村唯一郎の少数意見は次のとおりである。

本件において、原判決が被告人に対する判示第二及び第八の事実を認定するに当り、被告人の原審公判廷の供述と、被告人に対する検事並びに副検事の各聴取書中の供述記載とを証拠に供したことは違憲である。それは憲法三八条三項の「本人の自白」には公判廷外の自白は勿論公判廷における自白をも含むものと解すべきであるからである。従って被告人の公判廷外の自白と公判廷における自白とを綜合して、犯罪事実を認定することは許されないのである。そして憲法三八条三項の「本人の自白」には公判廷の自白をも含むとなす理由について私の考えていることの大部分は昭和二三年(れ)第一六八号事件の大法廷判決(昭和二三年七月二九日判決)に示されている沢田、井上、栗山、小谷各裁判官の少数意見にその趣旨が取り入れられているので、その点については重複を避けてこれを援用することとし、以下少しくその理由を附加することにする。新刑事訴訟法三一九条には「被告人は公判廷における自白であると否とを問わず、その自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には、有罪とされない」と規定しており、この新刑訴法によって、審理される事件については、公判廷の自白であっても、それが唯一の証拠である限りこれを断罪の資料とすることのできないことはいうまでもない。ところが多数説によれば、刑訴応急措置法の適用を受ける旧法事件については、公判廷の自白(当該判決裁判所における)は、これを証拠に供することができるというのである。しかし同じ公判廷の自白についてその解釈を二途にし、新法事件については証拠にすることはできないが、旧法事件については、証拠にできるということは私の納得のできないところである。多数説は前示新刑訴法の自白に関する規定は、被告人の利益を保護するため、特に憲法三八条三項の自白の範囲を広めて規定したものと解すべきであるから、右解釈が二途に出ずることは当然であるというようである。成る程刑訴応急措置法一〇条には「何人も自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には」と規定し、新刑訴法のように「公判廷における自白であると否とを問わず」と公判廷の自白をも含む旨をはっきりと現わしてはいないのであるが、私は右刑訴応急措置法の規定は憲法三八条三項の精神を受けて規定せられたものであり、この点新刑訴法も同様であって、ただ新刑訴法はこの趣旨を法文上明白にしたに過ぎないものと解するものである。況んや刑訴応急措置法二条は「刑事訴訟法は日本国憲法・・・・・・の趣旨に適合するようこれを解釈しなければならない」と規定しており、新刑訴法の規定が憲法三八条の精神を受けているものであれば、憲法の施行に伴い制定された刑訴応急措置法一〇条の規定もまたこれと同趣旨に解するを至当と信ずるものである。即ちその制定の前後によって解釈を二にすることは正当ではないと思う。そして被告人の自白がその任意に出でない虚偽の自白の存する虞れのあることは独り公判廷外のみではなく、公判廷における自白においてもなおその情況が伴うものであり、このことは前記少数意見に詳しく述べられているとおりである。そこで憲法は基本的人権の保障の精神を貫く趣旨から危険の伴う被告人の唯一の自白を証拠として断罪することを禁じたものであり、これは公判廷の内外を問わぬ趣旨であると解すべきである。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 谷村唯一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例